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人種差別の撤廃と、日本人が背負った十字架 59−2

  2. 人種差別の撤廃と、当時の日本人が背負った十字架 当時、日本が挑んだ戦いは、単に自国の資源確保や防衛だけに留まりませんでした。近代以降、世界を支配していたのはアングロサクソンを中心とした西欧諸国であり、そこには強烈な「白人優越主義」と「人種差別」の構造がありました。 日本は早くから、この国際社会における不平等と人種差別の壁に挑み続けてきました。例えば、第一次世界大戦後の1919年パリ講和会議において、日本全権の牧野伸顕らは国際連盟の規約に「人種差別撤廃案」を提出し、全16票中過半数を超える11票を獲得して各国を説得しました。しかし、議長であったアメリカのウッドロウ・イルソン大統領の「全会一致でなければならない」という強権的な判断によって否決されました。こうした歴史的経緯からも分かるように、日本は常に欧米列強の人種差別的支配体制に対する挑戦者であり、アジアの代弁者としての側面を持っていたのです。 3.当時の人々が抱いていた思いと、私たちが未来へ継承すべき視点 当時の日本で、戦地に赴いた兵士たち、そしてそれを送り出した家族や母親たちは、「他国を侵略したい」「領土を広げたい」という野心を持って戦場に向かったわけではありませんでした。「愛する家族や祖国・日本を守るため」、そして「欧米の植民地支配に苦しむアジアの同胞を解放するため」という、強い大義と誇りを胸に戦っていました。 戦後の教育やメディアは、その背景にあった真実や人々の純粋な思いを覆い隠し、「日本はただ侵略戦争を行った悪しき国だ」という自虐的な歴史観を定着させてきました。しかし、歴史の片側だけを見て断罪するのではなく、当時の日本人が置かれた切迫した国際環境や、彼らが何を考え、何を守ろうとしたのかという「主観の真実」を知ることは、現代を生きる私たちにとって極めて重要です。 100年後の日本民族のために、自らの命を懸けて未来を切り拓こうとした先人たちの思い。そして、日本の自存自衛とアジアの平和・解放を本気で願って戦った歴史の正の面を、私たちはもう一度フラットな視点で学び直し、誇りある歴史として次の世代へ継承していく必要があるのではないでしょうか。                  やまとこたろう ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。    ↓          ↓ にほんブログ村...
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先の大戦を、当時の日本人は何のために戦ったのか? 59-1

  8月15日が近づいてきました。先の大戦について考えてみようと思います。 人類の歴史には、常に光と影の両面が存在します。しかし現代の日本では、「戦前の日本は侵略と軍国主義の道を歩んだ悪しき存在であった」という、一面的な負の側面ばかりを強調する自虐史観が、教育、専門家、政治家、マスメディア、そしてインターネットに至るまで大勢を占めているように見受けられます。 歴史の記録を紐解いていくと、「本当にそうだったのか?」という重大な疑問に数多く突き当たります。当時の日本人が置かれていた過酷な国際環境の中で、日本人は何を考え、何を守るために戦ったのか。その歴史の正の面や、戦後見ようとされてこなかったもう一つの視点を改めて深く掘り下げてみたいと思います。 1. 当時の日本人が大東亜戦争を戦った「2つの大きな理由」 戦後日本では、アメリカ側の視点に基づいた「太平洋戦争」という呼称が一般化していますが、当時は欧米による植民地支配からアジアを解放を目指した「大東亜戦争」が日本国政府の正式呼称でした。 当時の午前会議における決定事項(帝国国策遂行要領)などの資料を読むと、日本が退路を断たれ、戦争へと追い込まれていき、戦争に踏み切らざるを得なくなっ た根源には、2つの大きな願いがありました。 ① 日本国存亡がかかった「自存自衛(自国防衛)」 当時の日本は、資源の大部分を海外からの輸入に依存していました。しかし、アメリカ、イギリス、オランダ、中国などによるいわゆる「ABCD包囲網」によって、生命線である石油などの重要物資の輸入が完全に断たれるという致命的な経済封鎖を受けました。当時の日本にとって、これは「このまま座して死を待つか、それとも国を守るために立ち上がるか」という国家存亡の危機であり、自衛のための止むを得ない選択でした。 さらに、北方にはソビエト連邦(ソ連)の 巨大な脅威 がありました。ロシア・ソ連の絶え間ない南下政策に対抗し、日本の安全保障に直結する朝鮮半島の独立維持、さらには満州の権益を守るため、日露戦争の延長線上として満州事変や中国との衝突へと繋がっていったという切実な自衛のための戦いがありました。政府は外交努力による平和的解決を最後まで模索したものの、国家の独立と存立を維持するために戦争も辞さないという重大な決断を下したのです。 ② 欧米の過酷な植民地支配からの「ア...

ベトナム独立と日本:第一次インドシナ戦争の知られざる絆 58-5

ベトナムの独立戦争、特にフランスとの間に戦われた1946年から1954年の「第一次インドシナ戦争」は、アジア諸国の脱植民地化における歴史的な転換点でした。この激動の歴史の背景には、実は日本とベトナムの深い結びつきが存在しています。 1. 戦争の背景と独立宣言への道のり フランスの過酷な植民地支配(1800年代〜1945年)                            ベトナムは19世紀後半以降、フランスの過酷な植民地支配下に置かれました。フランス植民地政府は、ゴムや米などのプランテーション開発を進める一方で、現地住民に対して重税を課し、専売制(アヘンや塩など)によって巨利を得るなど、搾取と弾圧を繰り返しました。教育や政治参加の機会は厳しく制限され、ベトナムの人々は過酷な貧困と人権抑圧にあえいでいました。     日本軍の進駐(1940年〜1945年)                     そうした中、大東亜戦争中の1940年、日本軍が仏印(フランス領インドシナ)に進駐しました。当初はヴィシー政権(本国がドイツに降伏した後のフランス政権)との協定に基づき、フランス側の行政機構をそのまま残す「仏印共同管理」の形をとっていました。しかし、大東亜戦争末期の1945年3月9日、日本軍は形勢の逆転と米連合軍の本土上陸への備えとして、突如として「明号作戦(仏印処理)」を断行しました。 「明号作戦」の衝撃と、欧米支配の崩壊                この「明号作戦」により、日本軍は一斉に蜂起し、ベトナム国内に駐屯していたフランス軍や行政官をわずか一昼夜のうちに武装解除・拘禁し、その支配権を完全に剥奪しました。 長年、絶対的な存在としてベトナム人に君臨していた白人・フランス権力が、アジアの日本軍によって一網打尽に打ち破られたのです。                            この電撃的な事件は、ベトナムの指導者層や一般民衆にとって計り知れないほどの衝撃と歓喜をもたらしました。「アジアの小国である日本が、あの傲慢な欧米列強を圧倒し、その権力を崩壊させることができるのだ」という事実そのものが、「私たちアジア人も、白人の植民地支配から完全に脱却し、自らの手で国を創ることができる」という、歴史上かつてな...

悲劇の作戦に隠された真実――インパール作戦とインド独立の約束 58-4

   なぜ無謀な作戦を決行したのか 大東亜戦争において、最も悲惨で無謀な戦いとして激しく批判されるのが「インパール作戦(1944年)」です。3万人以上の戦死者と、膨大な餓死・病死者を出したこの作戦は、現代でも「無能な指揮官による無意味な戦い」の代名詞のように語られます。 しかし、日本軍はなぜ、すでに戦況が悪化していたこの時期に、わざわざ山深いインド国境へと進軍したのでしょうか。その答えもまた、大東亜会議にあります。 大東亜会議の席上、ビルマ代表のバ・モウは「インドの独立なくしてアジアの自由はない」と訴え、インド代表のチャンドラ・ボースは「イギリス帝国を打倒し、4億人のインド人を解放する」と決意を表明しました。これに対し、議長国である日本は、「国家としてインドの独立を全力で支援する」と国際公約したのです。 日本は、国際会議での約束を果たすため、たとえ自国に不利な戦いであっても、インド独立の火を消さないために進軍せざるを得なかったという大義がありました。 インド独立の導火線となった日本軍の戦い 作戦を指揮した牟田口廉也中将は、物資も装備も極限に少ない中、短期決戦での勝利を狙い緻密な作戦を練りました。一時は要衝を占領するなどイギリス軍を追い詰めますが、前線の混乱や雨季の到来、補給の途絶によって作戦は壊滅的な失敗に終わります。 結果だけを見れば大敗北であり、悲劇であったことは間違いありません。しかし、この作戦を単なる「無謀なゴミ屑扱い」として歴史から葬り去ろうとする動きには違和感を覚えざるを得ません。なぜなら、この戦いに同行したチャンドラ・ボース率いる「インド国民軍(INA)」の兵士たちの血と、日本軍の奮戦が、のちのインド独立を決定づけたからです。 戦後、イギリスは捕らえたインド国民軍の将校たちを「反逆罪」として裁こうとしました(赤砦裁判 / レッド・フォート裁判)。しかしこれに対し、インド全土で「彼らは祖国解放のために戦った英雄だ」と猛烈な暴動が発生。イギリス軍に所属していたインド人兵士や海軍までもが反乱を起こす事態となり、イギリスはついにインドを支配し続けることを諦め、独立を認めざるを得なくなったのです。 おわりに:多面的な歴史に目を向けるということ インパール作戦の悲惨さを強調し、大東亜会議やアジア独立への貢献という「不都合な真実」を隠しておきたい人...