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8月, 2026の投稿を表示しています

人種差別の撤廃と、日本人が背負った十字架 59−2

  2. 人種差別の撤廃と、当時の日本人が背負った十字架 当時、日本が挑んだ戦いは、単に自国の資源確保や防衛だけに留まりませんでした。近代以降、世界を支配していたのはアングロサクソンを中心とした西欧諸国であり、そこには強烈な「白人優越主義」と「人種差別」の構造がありました。 日本は早くから、この国際社会における不平等と人種差別の壁に挑み続けてきました。例えば、第一次世界大戦後の1919年パリ講和会議において、日本全権の牧野伸顕らは国際連盟の規約に「人種差別撤廃案」を提出し、全16票中過半数を超える11票を獲得して各国を説得しました。しかし、議長であったアメリカのウッドロウ・イルソン大統領の「全会一致でなければならない」という強権的な判断によって否決されました。こうした歴史的経緯からも分かるように、日本は常に欧米列強の人種差別的支配体制に対する挑戦者であり、アジアの代弁者としての側面を持っていたのです。 3.当時の人々が抱いていた思いと、私たちが未来へ継承すべき視点 当時の日本で、戦地に赴いた兵士たち、そしてそれを送り出した家族や母親たちは、「他国を侵略したい」「領土を広げたい」という野心を持って戦場に向かったわけではありませんでした。「愛する家族や祖国・日本を守るため」、そして「欧米の植民地支配に苦しむアジアの同胞を解放するため」という、強い大義と誇りを胸に戦っていました。 戦後の教育やメディアは、その背景にあった真実や人々の純粋な思いを覆い隠し、「日本はただ侵略戦争を行った悪しき国だ」という自虐的な歴史観を定着させてきました。しかし、歴史の片側だけを見て断罪するのではなく、当時の日本人が置かれた切迫した国際環境や、彼らが何を考え、何を守ろうとしたのかという「主観の真実」を知ることは、現代を生きる私たちにとって極めて重要です。 100年後の日本民族のために、自らの命を懸けて未来を切り拓こうとした先人たちの思い。そして、日本の自存自衛とアジアの平和・解放を本気で願って戦った歴史の正の面を、私たちはもう一度フラットな視点で学び直し、誇りある歴史として次の世代へ継承していく必要があるのではないでしょうか。                  やまとこたろう ランキングに参加しています。よかったらクリックお願いします。    ↓          ↓ にほんブログ村...

先の大戦を、当時の日本人は何のために戦ったのか? 59-1

  8月15日が近づいてきました。先の大戦について考えてみようと思います。 人類の歴史には、常に光と影の両面が存在します。しかし現代の日本では、「戦前の日本は侵略と軍国主義の道を歩んだ悪しき存在であった」という、一面的な負の側面ばかりを強調する自虐史観が、教育、専門家、政治家、マスメディア、そしてインターネットに至るまで大勢を占めているように見受けられます。 歴史の記録を紐解いていくと、「本当にそうだったのか?」という重大な疑問に数多く突き当たります。当時の日本人が置かれていた過酷な国際環境の中で、日本人は何を考え、何を守るために戦ったのか。その歴史の正の面や、戦後見ようとされてこなかったもう一つの視点を改めて深く掘り下げてみたいと思います。 1. 当時の日本人が大東亜戦争を戦った「2つの大きな理由」 戦後日本では、アメリカ側の視点に基づいた「太平洋戦争」という呼称が一般化していますが、当時は欧米による植民地支配からアジアを解放を目指した「大東亜戦争」が日本国政府の正式呼称でした。 当時の午前会議における決定事項(帝国国策遂行要領)などの資料を読むと、日本が退路を断たれ、戦争へと追い込まれていき、戦争に踏み切らざるを得なくなっ た根源には、2つの大きな願いがありました。 ① 日本国存亡がかかった「自存自衛(自国防衛)」 当時の日本は、資源の大部分を海外からの輸入に依存していました。しかし、アメリカ、イギリス、オランダ、中国などによるいわゆる「ABCD包囲網」によって、生命線である石油などの重要物資の輸入が完全に断たれるという致命的な経済封鎖を受けました。当時の日本にとって、これは「このまま座して死を待つか、それとも国を守るために立ち上がるか」という国家存亡の危機であり、自衛のための止むを得ない選択でした。 さらに、北方にはソビエト連邦(ソ連)の 巨大な脅威 がありました。ロシア・ソ連の絶え間ない南下政策に対抗し、日本の安全保障に直結する朝鮮半島の独立維持、さらには満州の権益を守るため、日露戦争の延長線上として満州事変や中国との衝突へと繋がっていったという切実な自衛のための戦いがありました。政府は外交努力による平和的解決を最後まで模索したものの、国家の独立と存立を維持するために戦争も辞さないという重大な決断を下したのです。 ② 欧米の過酷な植民地支配からの「ア...